復興デザイン学2022

講義の概要

  「復興デザイン学」では、「復興デザインスタジオ」と連動しながら復興に関連する講義シリーズを開講しています。

講義の記録
ARCHIVES

パート1:災害復興史

第一回:2022年4月11日 April 11st, 2022

「東京の戦災『復興』 渋谷・池袋の戦災からの再生」石榑督和(関西学院大学准教授)×中尾俊介

講義概要
戦災復興の中でみられた、いわゆる「闇市」のような不法占拠されたとされる都市空間の生成と変遷の歴史を具体的に紹介し、「復興」や「計画」が誰のため、何のために行われるものであるのかという議論が展開された。

闇市は、都市・建築を計画する立場から見ると、不法であり自然発生的に生成されたと捉えられがちであるが、渋谷や池袋の事例を調査すると、実は当時の戦災被災者は地元の地主や警察署との合意形成の上で、計画的にそれらの空間を形成していたことが明らかになり、生活再建の通過点としての機能を担っていた可能性が指摘された。しかし、闇市はその後に進む土地区画整理や都市化のなかで移転を迫られることとなり、都市計画的な視点から事後的に不法占拠として捉えられるようになった。

建築・都市を計画する立場からみると、戦後の歴史は復興の歴史として捉えがちであるが、都市に生きた人びとにはそれぞれの戦後があったことが分かる。近年、歴史学や人文地理学の視点では、復興を前提としない戦後史の研究が活発に行われている。また、戦後復興研究と並行して進めている三陸沿岸集落の復興に関する研究においても、時代に応じて復興という言葉が指す要件が変化してきたという。

このように、当事者それぞれの視点での復興があることを理解したうえで、復興を計画する立場として、誰のための何のための計画であるのかということを意識して取り組むことの必要性が説かれた。

第二回:2022年4月18日 April 18th, 2022

「漁村の災害と復興史 -東日本大震災を中心とした漁村災害復興に学ぶ 事前復興を考える-」富田宏(株式会社漁村計画)×萩原拓也

概要

大規模で広範な漁村が被害を受けた東日本大震災の話を中心に、漁村災害復興からみた“事前復興の意義・重要性”についての議論が展開された。議論は都市や農山村の防災復興とは異なる漁村ならではの視点・方法論に重点が置かれた。

漁港漁村の特徴として、資源依存型の立地で急峻な地形に高密度に立地すること、地形的・空間的な多様性、また産業・暮らし・自然環境が一体性を持って相互補完的に成立する地域社会であることなどが挙げられ、これらが復興を考える上での難しさでもあるとされた。

上記の特徴から、復旧復興の場合にも水産業の維持発展が前提になければ漁村自体が成立しなくなってしまう。つまり防災を考えるうえでも、縮減傾向にある漁業をどう持続させるかという将来像の共有・明確化が重要になってくるといえる。

また、事前復興計画の策定に関する支援制度がないなかで、調査検討、計画策定の原資をどう確保するか、財政支援が期待できないなかでどういった復興の形があるのか、という問題も挙げられた。具体的に、漁業集落環境整備事業の活用例が紹介され、その可能性と課題をみるなかで、事前に行政、漁業者、地域住民が漁村の将来構想について議論をし、その構想をもとに、複数の事業を組み合わせて課題解決・活性化につなげていくことの重要性が強調された。

漁村の復興を考えるにあたっては、その独自性に配慮したレディメイドではないオーダーメイドのまちづくりが必要であり、災害発生後の混乱期に開始して対応できるものでは決してない。また、事前復興をする場合にも、経済的縮小を考慮した漁村機能の再編・集約化も含む事前復興の単位の議論、漁業者・非漁業者の混住が進むなかでの漁村復興の主体の模索など検討課題は多い。現状にとらわれることなく、事前復興のあるべき形を考えていかなければならないだろう。

第三回:2022年5月2日 May 2nd, 2022

「住まいとまちの復興」大月敏雄 (東京大学教授 建築学専攻)

概要
大災害をきっかけに、新しい住まいの「型」が登場してきた。過去の災害と復興を振り返ると、まず1666年のロンドン大火、同時期1657年の日本での明暦の大火が発生し、東西の島国の首都に甚大な被害をもたらした過去がある。ロンドン大火後、復興で流行した新しい住まいの「型」がテラスハウスであり、木造をやめ、「住宅が都市で集合すべき」という型を生み出した。この「型」が以降、欧米や日本でも見られるようになった。一方、明暦の大火後は、復興において、道路の拡幅や火除地としての広小路の設置、神田川の拡幅がなされ、都市の構造も変容した。その後も、大火や戦災を経て国内外の各都市で様々な復興がなされた。

1911年浅草の吉原大火では、当時の東京市の義援金により復興住宅が建設されたが、店舗併用住宅のほか、託児所、浴場、職業紹介所、宿泊所が併設されていた。つまり「衣食住」が小さな復興住宅の中に一体的に整備された。また、関東大震災後、同潤会による当時の仮設住宅・方南仮住宅では、家を失った女性が授産場で縫物教室をやりながら給料を得ることができ、被災者の自立につながった。しかしながら、現代の復興過程においては、こうした過去の災害復興において実践されてきた人々の「職」と「住」の関係が考慮されなくなってしまった。

現在の応急仮設住宅は住宅のみの建設にとどまっているが、戦前の復興計画においては、まち・家の復興だけではなく、人生の復興のプログラムを住宅に組み込み、どうサポートするかということが考慮されていた。100年前の災害復興に立ち返りその事例に学ぶべきだろう。東日本大震災以降、熊本地震、北海道胆振東部地震など最近の災害復興では、住宅そのもの以外で人の生活に根差したソフトを組み込んだ復興を試みるプロジェクトを実施している。

以上から、復興を担うプランナーとしては、人びとの生活・産業に想像を巡らせる必要があるだろう。そのツールの1つが歴史を学ぶことであり、今後の大災害と復興に備え、過去の事例を基に我々は常にアイディアの試行錯誤を繰り返すことが大切だろう。

第四回:2022年5月9日 May 9th, 2022

中間議論1 「我々は専門家として、平時に何を学ぶ必要があるか、具体的な事実、事例、経験をもとに主張せよ」

議論概要

計5個の班から、共通課題と全体議論:平時に何を学ぶ必要があるか、というテーマに対し、学生間議論のまとめと、それに対する意見が述べられた。

1つ目の班からは、過去のうまくいかなかった事例に目を向け、実行に至らなかった計画・アイデアをインプット・アウトプットすることが重要であるという意見が述べられた。それに対し、計画家として被害者の生の声を風化させず伝承していく文化的な学び方・伝え方は大事であるということ、また被災者の声だけでなく、計画側の声が見られるアーカイブが残されているといい、などの議論が展開された。

2つ目の班からは、現場を知りながら学んでいくことが大切だという意見が述べられた。また、将来専門家になる1人の学生としては、普段の研究や理論と現場の学びを同時に進めていくことが大事で、現場にリアルタイムで関わりを持つ専門家とは異なる捉え方が見出される可能性がある、という議論が展開された。

3つ目の班からは、専門家と住民の役割のあり方という観点において、専門家をマネジメントする役割が大事だという意見が述べられた。それに対し、専門家自身が実行に携わること、また、地域の人が知識を身につけることが、地域の問題に専門家と取り組んでいくことに可能性を見出しそうだ、という議論が展開された。

4つ目の班からは、平時に災害について考えることの意義・メリットという観点において、混乱することなく対処できる、地域の未来を見据えたポジティブなまちづくりが行える、という意見が述べられた。それに対し、平時に若い世代が防災に対して考えることや、その提案に対するレスポンスから学びが得られそうであるということや、住民の精神状態がどのように議論に影響が及ぶか、など、平時に学ぶことの意義深さ・意味に関して、さらに考えていく必要があるという議論が展開された。

5つ目の班からは、地域の人とプランナーでの計画面の意識のすり合わせの際に、地域の意向を取り入れながら改善提案をしていくためには自身の専門性を磨く必要がある、という意見が述べられた。加えて、専門家という立場をどう活かすかという観点で、地域の外の人間として地域の可能性を発掘すること、また、専門外の問題に関しても地域の人に寄り添い、対話を通じて解を探っていく必要がある、という議論が展開された。

パート2:住生活・住環境の再建

第五回:2022年5月16日 May 16th, 2022

「新潟県中越地震からの復興」 澤田雅浩(兵庫県立大学准教授)

概要
準備中

第六回:2022年5月23日 May 23rd, 2022

「社会学から住宅再建調査に取り組んで」 西野淑美東洋大学准教授)

概要
西野先生は,東日本大震災で津波による浸水被害を受け仮設住宅生活を余儀なくされた岩手県釜石市某町の被災者に対し,継続的に住宅再建意向を尋ねるパネル調査を実施し,その結果を社会学の観点から読み解くことで同震災の住宅復興の課題点や検討事項を抽出した.パネル調査では同一世帯の再建状況やその時点での意向を定期的に尋ねることで,事前調査や事後調査では得られない時間経過による変化を明らかにできた.

被災者は居住していた土地への愛着だけでなく,家族の仕事や年齢,など多くの制約の中で再建の選択を迫られる.調査において,こうした方々に対する「災害リスクの高い土地になぜ再び住むのか」という問は非常に無神経であり,被災者側も必ずしも正確な理由を言語化できるわけではないことに留意すべきであった.

住宅復興の形態は被災前から住んでいた地域内で自力再建する,地域外で自力再建する,災害公営住宅に入居する,という3種類に大別される.これらは同時に復興されるわけではなく,特に地域内で自力再建する場合は復興事業により土地が整備されるまで待たなくてはならず,仮設住宅生活が長引くことになる.復興の見通しが立たないため行政側も十分な情報提供ができない中,時間が経てば世間の状況は変化し,子供は成長し,こうした必然的な変化に伴って被災者の再建意向は変化していく.よって復興事業が遅れるほど地域内での自力再建を断念せざるを得ない世帯が増え,地域の再興は困難になっていく.また正確な公営住宅への入居希望者数や地域内再建の希望世帯数を把握するのが困難な上,公営住宅への入居漏れを懸念して住宅再建意向調査では「取り敢えず公営住宅への入居を希望しておく」世帯がいることで,オーバープランニングに陥る点も問題である.

住宅再建にはお金と労力を要する.行政からの支援金のみでは戸建て住宅の自力再建には不十分なため,世帯単体では資金不足だが親子で協力することで被災区域外の新しい土地と家を調達する世帯や,仮設住宅で数年間辛抱し復興事業が完了した換地になんとか再建する世帯もいれば,諦めて公営住宅へ入居する世帯もいた.希望通りの住宅復興が行えなかった世帯には,これまで重点的な支援を要すると考えられていた高齢者だけではなく,親とも子供とも経済的な協力ができない中高年世代なども含まれ,幅広い再建支援の必要性に気付かされる.様々なニーズを考慮した支援提供を可能にすることが今後の課題である.

第七回:2022年6月1日 June 1st, 2022

「ハリケーン・カトリーナ災害の減災復興」近藤民代(神戸大学准教授)×

「イタリアにおける歴史的市街地の復興をめぐるジレンマ -いかに乗り越えるか?-」益子智之(早稲田大学助教

概要
益子先生のレクチャーでは、イタリア歴史的市街地における復興に関して、その中で生じてきたジレンマとそれの乗り越え方の考察が述べられた。大規模地震災害が多いイタリアでは、その歴史的市街地の脆弱性により多くの被害を受けそこからの大規模な復興がなされてきた過去があり、復興において「歴史的市街地を可能な限り復元する」「復興事業がゆっくりと進められる」「平時に設定されていた都市計画プランに基づいて復興がなされる」「復興事業への金銭の補助率が高い」というような方針が前提として存在している。そのような背景を受けて、2009年に被災したラクイラという中山間地域に位置する街の復興においては、「刷新か継承か」、「素早い復興か良く練られた復興か」という2つのジレンマがみられた。前者のジレンマは特に住宅供給においてみられ、郊外では、大規模な免震低層集合住宅を新しく建設するプロジェクトが進み、早期に戸数を確保することはできた一方で都市の構造が大きく変わってしまうという結果を招き、行政は新たに都市基本計画を策定するに至った。また市街地周縁部では、被災を契機に発掘された城門跡を文化財として保護するため土地利用を改変していくプロジェクトが始まったが、被災から10年以上が経過した現在ようやく基本設計が進められており、相当な時間を要しているという事実がある。後者のジレンマに関しては、歴史的市街地の復元計画において着工順番の基準が設定されたことにより震災以前の地権者や商業者への不平等をもたらす危険が生じたが、地域協定を結ぶことによりその危険を回避することに成功したという例が紹介された。以上のような事例を踏まえ、イタリアでの復興にみられたジレンマの乗り越え方は生じたそれに対してアドホックに最適化されたものであることがわかったが、過去の災害から不可避のジレンマを認識し乗り越え方を事前に共有すること必要性が説かれ、ジレンマを乗り越える解決策がもたらした効果の検証が求められる。

近藤先生のレクチャーでは、ハリケーンカトリーナと東日本大震災における復興を比較しながら、復興における「適応力」の必要性が説かれた。ハリケーンカトリーナにおける復興では、行政の介入は最低限であったこともあり被災者が被災前の敷地に帰ってくるかどうかは個人の選択に委ねられた。その結果、無秩序に空地ができるという状況を招いたが、事後的に土地を行政が買い上げて民間に再配分したり、グリーンインフラ化したりという施策が打たれた。一方東日本大震災では、災害危険区域の設定や防災集団移転といった行政主導の巨大な復興計画がたてられたが、実態を調査すると被災者の一定数は自主的に居住移転を行っていることがわかり、行政のすすめる復興計画と実態が乖離している現状が明らかになった。以上の2つの例を踏まえ、復興において、物理的な「復旧」や生活環境の「改善」に加え、その進捗度合いをモニタリングし必要に応じて計画を調整・変革させていくような「適応」の考え方を持つことが必要ではないかというお話があった。

第八回:2022年6月6日 June 6th, 2022

中間議論2 「復興の局面において、被災者個人の社会的背景は、制度や事業の中でどのように/どの程度配慮されているべきだろうか」

議論概要

計5個の班から、共通課題と全体議論:平時に何を学ぶ必要があるか、というテーマに対し、学生間議論のまとめと、それに対する意見が述べられた。

1つ目の班からは、過去のうまくいかなかった事例に目を向け、実行に至らなかった計画・アイデアをインプット・アウトプットすることが重要であるという意見が述べられた。それに対し、計画家として被害者の生の声を風化させず伝承していく文化的な学び方・伝え方は大事であるということ、また被災者の声だけでなく、計画側の声が見られるアーカイブが残されているといい、などの議論が展開された。

2つ目の班からは、現場を知りながら学んでいくことが大切だという意見が述べられた。また、将来専門家になる1人の学生としては、普段の研究や理論と現場の学びを同時に進めていくことが大事で、現場にリアルタイムで関わりを持つ専門家とは異なる捉え方が見出される可能性がある、という議論が展開された。

3つ目の班からは、専門家と住民の役割のあり方という観点において、専門家をマネジメントする役割が大事だという意見が述べられた。それに対し、専門家自身が実行に携わること、また、地域の人が知識を身につけることが、地域の問題に専門家と取り組んでいくことに可能性を見出しそうだ、という議論が展開された。

4つ目の班からは、平時に災害について考えることの意義・メリットという観点において、混乱することなく対処できる、地域の未来を見据えたポジティブなまちづくりが行える、という意見が述べられた。それに対し、平時に若い世代が防災に対して考えることや、その提案に対するレスポンスから学びが得られそうであるということや、住民の精神状態がどのように議論に影響が及ぶか、など、平時に学ぶことの意義深さ・意味に関して、さらに考えていく必要があるという議論が展開された。

5つ目の班からは、地域の人とプランナーでの計画面の意識のすり合わせの際に、地域の意向を取り入れながら改善提案をしていくためには自身の専門性を磨く必要がある、という意見が述べられた。加えて、専門家という立場をどう活かすかという観点で、地域の外の人間として地域の可能性を発掘すること、また、専門外の問題に関しても地域の人に寄り添い、対話を通じて解を探っていく必要がある、という議論が展開された。

パート3:都市・地域の計画

第九回:2022年6月13日 June 13rd, 2022

「原発被災地の復興」 川﨑興太(福島大学教授)

概要
福島復興政策では、除染とインフラ復旧・再生を主眼に、ふるさとに帰還できる法的・制度的状態を創り出す政策が実施された。すなわち、公共事業による市町村の「空間の復興」を進め、結果としての「人の復興」が目指されてきた。川崎先生からの講義では、福島の原発被災地におけるこれまでの復興政策の過程と現状について多様な観点から取り上げられた。

事故後11年が経過して、放射能汚染率は70~80%程度低減し、避難指示が解除されつつあるが、帰還率は22%で多くが高齢者である。すなわち、帰還政策を実施しているものの住民の帰還も新たな住民の移住も進まず、「大きな原発事故は遅かれ早かれ町や村をまるごと消滅させる」といえる。また、土地利用の変化に着目すると、空き家が減少しているようにみえるが、建物が解体され、空き地が増加している。このような中で、帰還者が少なければそれだけ近所づきあいが希薄となり、孤独に感じる人も多くいる。このような状況は、震災関連死や自殺者数の増加を生む。実際に、福島における震災関連死・自殺者は被災3県で比較すると、震災発生後から年々増加してきた。このように、原発事故から11年が経過し、「部分を切り取ると復興が進んでいるように見えるが、どちらかというと町が溶けつつある」ことが現状である。そして、厖大な予算をかけてきた行政による復興政策は、結果として震災に伴う原発事故の被災地において関連死・自殺者を止めることはできなかった。

その中で福島の復興に向けた課題とアプローチとして「1.原子力災害空の復興に関する総合的な検証」、「2.原子力災害の特質に即した長期にわたる「空間の復興」と「人の復興」の支援の実施」、「3.国民一人一人が福島問題を自分ごととして考え続けることができるようにするための条件の整備・充実」が挙げられた。1つ目について、これまでおよそ10年間取り組みが行われたが、帰還率は2割にとどまっている。これまでの政策を省みて、復興がどこまでたどり着いたのか調査等により検証する必要がある。2つ目について、福島復興政策には限界があり、原子力災害においては、「空間の復興」を行ってもそこに居住するニーズがなかったことが問題であり「人の復興」には至らなかった。原子力災害が長期災害であることとして、総合的検証を踏まえて、生活再建を果たせない避難者と帰還者に対して個人に即した生活再建支援と放射能汚染地域の回復、自治体存続の危機に陥っている地域再生に向けた支援を行うことが必要である。最後の点については、原発の事故は、本質的に日本全国の問題であるのにも関わらずローカルな問題になってしまっている傾向があることが課題である。私たち一人一人の暮らしの在り方そのものを考え直す、その課題を突き付けており、それを考えるために、一度福島に来て、自分の目で心で感じて、自分でできることを探して欲しいと述べられた。

第十回:2022年6月20日 June 20th, 2022

「岩手県の漁村地域の復興事例」 三宅諭(岩手大学教授)

概要
東日本大震災の津波被害を受けた岩手県の漁港のうち、山田町を中心に、大沢、大浦を対象として、漁村地域・漁港の復興に関しての議論が展開された。山田、大沢、大浦は山田湾という丸に近い形をした湾湖に面している町で、東日本大震災の際はそれぞれ山田町10m、大沢8m、大浦9mの高さの津波被害を受けた。議論は、漁業人口が減少している漁村集落において、どのように制度を利用し工夫を施すかに重点を置かれた3つの整備を中心に事例が紹介された。

1つ目に、引き潮対策の造成である。計画として防潮堤は倒れない想定で杭を打つため、防潮堤を超えて波が来た時に水が引かず、奥で浸水するという被害想定が必要であった。そこで計画では、街の中心の奥を盛土し、元の高さに戻すために下げる造成を行なっている。その際、その造成を浸水・被災しなかった区域にも手を加えなければならなかったことが難しい問題として挙げられた。

次に、求心力が持てない山田町で人を集められる「まちなか再生計画」を策定した。具体的には、津波復興拠点整備事業を用いることで、復興拠点で再開発の用地全面買収ができる駅前に、共同店舗と戸建て店舗、災害公営住宅、スーパーを集めて利便性を高めた。街の中心に仮設店舗を配置することができると、被災直後から機能を再建するための人の動きを作ることができる。

3つ目に、漁業関連用地の利用の仕方である。計画で挙げられた問題として、L1とL2の想定が同じ高さで浸水想定ができず、災害危険区域指定ができないため、漁村の復興が進めにくいというものがあった。そこで、漁業集落防災機能強化事業を使った。さらに問題として挙げられたのが、買い取り・交換で得られた土地は漁業関連用地として使う必要があるという点である。漁師が減る漁業集落において、特に養殖がメインな集落は作業場所として陸は多く欲しておらず、漁業関連用地の使い道がなかったため、幅を広く要する盛土式の防潮堤として使っている。しかし、出来上がった防潮堤は町の中で大きな存在感である点、利用目的がない窪地が生まれてしまう点、などまだ問題は残されている。

このように、制度などによって制限をもつ漁村地域の復興であるが、事前復興として、変化を受け入れられる下地作りが大事であると述べられた。様々な関係性を繋いでおくことや、できるだけ多くの人々の声を聞いておくことで対応力を高めておく必要がある。また、海の上だけでなく陸の上まで含めた新しい漁業スタイルを考えていく必要もある。計画者は、それらの主体となる人を導くコーディネーターとして、地域に関わっていくことが重要となるだろう。

第十一回:2022年6月27日 June 27th, 2022

角田陽介 (国土交通省・元大船渡市副市長)

概要
準備中

第十二回:2022年7月4日 July 4th, 2022

中間議論3「復興計画において地域や災害の特色を踏まえることの重要性とその困難さについて,3回のレクチャーを含む具体的な事実や事例,経験を元に考えよ」

議論の概要
共通の問いに対して出た意見を元に6つの議論テーマが設定され,各班でそれぞれのテーマについて議論が展開された.

テーマ1「部分と全体の連携とタイムラインの設計」について,目指すべき復興像・復興過程は地域個別の特色や被害状況に依存するものであり,特に大きい自治体ほど個人の声が計画者まで届きにくいという難点がある.これを踏まえ,被害対応は国が,地域性を重視する復興は自治体が担うべきであるが,自治体には必ずしも現場経験の長いベテランや知識を体系的に学んだエリートといった「優秀な人材」がいるとは限らないため,中央で育成した人材を割り当てる等の人的連携も必要である,という提案がなされた.

テーマ2「専門家の職能と制度」については,海外と比べ日本の制度は融通が効かず使いこなしが難しいため,制度の専門家と計画の専門家がタッグを組むのが良い.専門家の地域への関わり方は,固定概念の押し付けを防ぐために,第三者のファシリテートの下で住民へアドバイスする立場に徹するべきである,という議論がなされた.これに対し,ワークショップ等を開催するにあたって設定される目標に固定概念が入り込む余地もあり,完全に中立的な立場に徹するのは現実的には難しいのではないか,という疑問も挙がった.

テーマ3「思い込み・文化の軽視・先入観の押し付けと関心の風化」については,専門家の役割は地域の抱える課題や地域住民に通底する信念を客観的立場から汲み取って形にすることである,とまとめられた.これに対し教授は,実際は住民・プランナー間の信頼関係が上手くいっていない現場もあり,また次の大災害時は予算や関心の問題から従来のやり方が通用しない懸念もある中で,次世代の専門家たちには強い技術者倫理を持って現場にあたってほしい,と返答した.

テーマ4「空間の復興の限界」については,空間の復興と人の復興,つまり生活再建の方向性が必ずしも一致していなくても良く,避難先に定住する被災者がいてもよいのではないか.しかし市民といった集団単位で見ると,人口減少に伴う公共サービスの低下は免れず不利益を被る人もいて,自由な選択の許容は住民効用を向上させない可能性もある.災害に伴う急激な環境変化が生じさせる不利益を最小化するには,変化を許容した上で緩やかにすることが重要である,と結論づけた.

テーマ5「復興の経済原理」については,利便性が高かったり地価が安かったりする高リスク地域に居住地が拡大することへの対応として,単なるゾーニングでは同様のリスク志向的立地がゾーン内に小規模に形成されるだけであり,プランナーは周辺地域や行政と連携して高次の計画を練る必要がある,ただいずれにせよプランナーは空間改変の社会的影響力の大きさと,住民へのリスクに関する説明責任を自覚すべきである,という意見が出た.

最後にテーマ6「復興から減災((災害の常襲性)」については,災害常襲地域では長期スパンの事前復興計画を策定しても,その進行中にも被災を繰り返すため,結局減災と同様のアドホックな対応しかなされないのではないか,また事前復興と減災のどちらを実施するかの判断は,本来は被害レベルを軸にすべきだが,L1/L2といった災害規模分類が時間スケールを軸になされてしまっているため,実情にそぐわない大規模な計画が策定されている,と指摘した.

パート4:最終議論

第十三回:2022年7月11日 July 11st, 2022

1つ目の議題として、4人の学生より、事前復興における住民の「主体性」に重点を置いた議論が展開された。俵さんより「どの軸で物事を判断して策を実行するかが大事であり、住民と専門家の異なる視点をお互いに共有していく必要がある。それは、失敗=一筋縄ではいかないことの可能性があることを、どのように異なる意向を持つ住民に説明・進めるかが大事である。」という意見が述べられ、Aさんより「どのように熟議を作り出すかという観点の議論で、近藤先生の講義より、事前復興で抱いたゴールのイメージが実際に辿り着くことには限界があり、諦めざるを得ない状況への向き合い方が大事であるということ、を例に挙げた。この例を元に、“復興イメージをどうブラッシュアップさせるか“より、”納得感を得るための熟議の場を設けること“が、事前復興に落とし込む大きな因子であり、個人のお互いの置かれている立場や他者への理解への時間の費やしが大事である」という意見が述べられた。また、Bさんより「自分が置かれている状況や考えが認知できていない人は多いため、熟議の場は自分の意見が形成されていく点で、事前調査の1つとして重要である」と意見を加えた。一方、Cさんは、これまでの熟議の場が設けられることが大事という視点とは異なる意見として「作った計画が住民の人々から信任が得られたのであれば、それは人々の意見が反映されたと言えるのではないか」と議論が展開された。

2つ目の議題として、増橋さんより「実現不可能な将来像の提示」をテーマとした議論が展開され、「実現不可能な夢の規模感の計画を立てないことは大事である一方、実現可能な計画は魅力が少なく、街の計画上で戻ってくる想定であった人も戻ってこなくなってしまう可能性があり、計画の落とし所の最適の見つけ方に課題感を持つ」と意見が述べられた。それに対し、「小規模な住宅地等に対しどのようなイメージを抱けるかも重要で、これまでのネガティブな価値観に対し、別の価値観作ることが求められるのではないか。」「災害リスクや地域の将来想定の不確かさにどうアプローチするかを考えるべき」と議論が展開された。

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